娘へ

あなたはこうしてできています

「自分で決める」って、ほんと大事ってエピソード1

下は、10年ほど前に渡豪した2人の男性A君とB君の話です。

 

2人はいとこ同士で同い年、A君は恵まれた家庭環境、B君は厳しい家庭環境に育ち、まったく違う大人になりました。この話をA君の母親から聞いて思ったのは、月並みな結論だけど、「自分で決めるって大事だよね」ってこと。

 

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「息子に申し訳ないことをした」ある日、知り合いから聞きました。彼女の息子さんA君は28才、高卒から引きこもり、今は大学生でもあります。働いたことはありません。

A君は4人家族の長男で下は妹、ご両親は夫婦で手を繋いで散歩するような仲良し、母親はかなりの世話好きで料理上手、金銭的にも恵まれていて、おそらく何不自由ない幼少期だったと思います。

A君は小学校でいじめに遭います。同じメンバーが持ち上がる中学校でも、いじめは続きました。手を尽くしても解決できず、引っ越して転校しました。ですが、引っ越し先でもいじめに遭ってしまいます。

ご両親は彼を守るため、国を離れる決心をしました。自国の厳しい教育環境がA君には向いてないという考えもあったのかもしれません。移住先はオーストラリア。

その決断は功を奏し、渡豪後のA君はいじめに遭うこともなく、高校まで無事に卒業しました。そしてその後、引きこもりになります。

A君の胸中は分かりません。元気だし、働く意欲もあります(と本人は言っている)。でも、ただ、働かない。

母親は、「どうしてか分からない。どうしたら良いのかも分からない」と肩を落とします。

 

それから7年後、このままではいけないという父親に説得され、A君は地元の大学に入学します。今から1年前、卒業目前のA君に会った時は「卒業後はまずはカフェでバイトしてバリスタの資格を取り、経験を積んでから起業したい」と言っていました。ですが、具体的な動きのないまま今日を迎えています。その間、母親は親戚や知り合いにA君ができる仕事はないか聞いて回ったり、A君にバイトを紹介したりしていましたが、どれも徒労に終わったようです。

 

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B君の話です。

B君は小学生の時にご両親が離婚して、父親と二人暮らしでした。離婚の原因は分かりません。

B君は家でも学校でも荒れていました。何かしらのサポートが必要だったと思いますが、父親はいつも仕事で忙しくB君との時間が十分取れずに過ごしていました。父親は、B君が手に余ると感じていました。

そんなある日、いとこのA君一家が渡豪すると聞きます。父親は思い切ってB君をA君一家に預けることにしました。一緒に渡豪させるのです。その時のB君の気持ちは分かりません。「母親にも父親にも投げ出された。」そう感じてもおかしくない状況ではあったなと想像します。

 

B君は、渡豪後も荒れていました。高校では悪い仲間と連んで学校をサボっては、酒やタバコの日々でした。

ですがある時、転機が訪れます。どんなきっかけがあったのか分かりません。B君は自ら選んで専門学校に入り、調理と車両整備の資格をとります。さらに調理師として永住ビザを自力で取得までしました(これはとてもハードルが高いことです)。小中高とあんなに荒れていたB君、今では結婚して子供も2人授かり、パースで元気に暮らしているそうです。

 

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何不自由ない環境に生まれ育ち、大人になった今もそのまま過ごしてるようなA君。人生が横一直線の棒グラフのようです。対してかなり下の方からグラフが始まったB君は、ある所からグイッと上昇し、わずか数年でA君を一気に抜き去ります。このグラフの動きの違いは、「自分で決めて生きてきたかどうか」にあるように感じます。

A君はこれまで、夕飯のメニューから大学進学するかどうかまで、おそらく多くのことを自分で決めてきませんでした。母親が面倒見のいい性格だったというのも、大きな理由だと思います。彼はその生活に違和感を覚えなかったため、無思考に流れに身を委ねてきたのでしょう。結果、成人して親や先生が自分の手を離した時、自分で歩くことができなくなっていました。

一方で、不遇な生い立ちから10代後半まで荒れていたB君は、親にも学校にも社会にもずっと反抗心や違和感を抱き続けてきたのでしょう。学校や社会の中で、どうやったら自分のしたいことができるのか、認めてもらえるのか。社会に沿うような形で、かつ自分のしたいことはあるのか、あるとしたらそれは何なのか。自分と社会の噛み合わなさを解消するためには、こうしたいろんなことを考えざるを得ません。酒やタバコも含め、試行錯誤の連続だったと思います。

10代前半で親元を離れたこともあり、結果B君は、毎日の生活から自分の身の振り方まで自分で考えて決めてきた、と言えるでしょう。


「自分で決めた」という事実が、辛くても乗り越えようという気力につながる。

「自分で決めた」という事実が、成功した時に真の喜びをもたらす。

「自分で決めた」という事実が、自分の人生のハンドルを握っているという実感をくれる。


B君は辛いながらも大小さまざまなことを自分で決めてきました。その繰り返しが、B君に自分で決める力を育てました。自分で決めてきたという事実が、B君に自信や気力や生きる実感をくれたのだと思います。

冒頭でA君の母親、「息子に申し訳ないことをした」の後、こう続けました。「もっと自分がいろいろ調べて、息子をより良い道に導いていたら、引きこもりにはならなかった」と。これを聞いて、問題の根深さを感じました。

 

育児の目標の一つは、子供の自立を助けることです。日々の育児の中で、子供が「自分で決める」練習をするのを、助けたり見守ったりすることがどれだけ大切か、改めて感じたエピソードでした。